『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でマイケル・J・フォックスが履いていた、ナイキのスニーカーの話。
今月Pen Onlineの連載「大人の名品図鑑」で映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を取り上げた。
第1作から3作目までどれもリアルタイムで観た作品で、ストーリーも大好きだったので、楽しんで書くことができた。今回は主人公マーティが着用したダウンベスト、ジーンズ、時計や下着について書いたが、実はもうひとつ書きたかったアイテムがあって、それがどうしても心残りだった。
それはマーティが履いていたスニーカー。残念ながらタイミングよく紹介できるモデルがナイキに用意がなくあきらめたが、この作品のほとんどでマーティが履いたのがナイキの名品「ブルイン」だ。
これはナイキから1972年に発売された、ブランドの黎明期の傑作バスケットボールシューズ。70年代にファッションを意識した人ならばすぐ思い浮かぶだろうが、モデル名はアメリカ西海岸の名門大学UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)のチーム名に由来すると思われる。71-72年のNBAの新人王だったポートランド・トレイルブレーザーズのシドニー・ウィックスがこのスニーカーをゲームで履いたが、ほかにもルーマニア出身の有名テニスプレーヤー、イリ・ナスターゼがテニスコートで履き(彼はアディダスからは自分の名前が入っているモデルまで出している)、エルトン・ジョンはステージ衣装としてこの靴を選んだ。まさにマルチパーパスに使われた靴で、現在、ナイキはこの「ブルイン」はスケートボード用のモデルとしてリリースすることが多いが、50年近くロングセラーを続けるモデルだ。
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2015年に限定で発売された『バック・トゥ・ザ・フューチャー完全大図鑑』(スペースシャワーネットワーク刊)を読むと、マーティがこの「ブルイン」を映画で履いたのは偶然だったことがわかる。
この映画のマニアならばよくご存知だと思うが、マーティの役は当初のオーディションでは、マイケル・J・フォックスではなく、エリック・ストルツが選ばれた。監督のロバート・ゼメキスはマイケルを推したが、彼はテレビドラマの『ファミリータイズ』とスケジュールが重なっており、キャスティングすることができなかったのだ。しかし監督がどうしてもマイケルを諦めきれず、マイケルに昼にドラマ、夜に映画を撮影することにしてもらい、撮影が半ばにも差し掛かっていたのにもかかわらず、ストルツの出演場面を取り直して、あの1作目をつく上げたというわけだ。
実はストルツは、ダークグリーンのコンバースオールスターを履いてマーティを演じていた。しかしマイケルが撮影に参加したその日、衣装担当がストルツのオールスターを現場に持ってくるのを忘れてしまった。しかしマイケルが私物として履いていた「ブルイン」をゼメキスが見て、「それでいこう」と、衣装として採用されたという、やたらいわくつきのスニーカーが「ブルイン」なのだ。
しかし、トラブルはさらに続く。撮影には最低でも10足の「ブルイン」が必要だった。ところがマーティの私物だった「ブルイン」はすでに製造を中止しており、どこのナイキに連絡しても在庫がまったくなかった。しかしここでナイキは素晴らしい活躍をみせる。試作品チームが新しく25足の「ブルイン」を製作、連絡した週末の金曜日には現場に手渡すという素早い対応だったという。
実はこの関係が第2作でも継続する。
第1作から30年先の未来描いた第2作で、ナイキはマーティが履くスニーカーとして、自動で紐が結べる靴を映画のためだけに製作している。担当したのは、ナイキのレジェンドデザイナーのティンカー・ハットフィールド。彼はわざわざ南カリフォルニアまで飛んでいき、関係者から映画のプロットを聞いて、「ナイキ・マグ」と名付けた靴のアイデアを出した。さらには着る人に合わせてサイズを自動調節できるジャケットのアイデアまでも彼が提案したとこの本に書かれている。
ちなみに映画で使われたこの「ナイキ・マグ」は、オークションで2018年に9万2100ドル(約970万円)で落札されているが、ナイキは2011年と16年に映画で使われたモデルのレプリカを発売、16年のモデルには靴紐の自動調節装置まで付いていた。さらに17年からはその靴紐自動調節機能を進化させ、スマホでも操作できるモデル「ナイキ アダプトBB」を発売。これは現在でも時々リリースされている。
この映画のために傑作バスケットボールシューズの「ブルイン」を特別に製作したというナイキとこの映画のストーリーは今でもまだ続いているというわけだ。「もしも」という話だが、マーティをそのままストルツが演じ、スニーカーもそのままコンバースだったら、また違うストーリーを辿ったのではと、スニーカー好きの私はついつい考えてしまう。